解雇問題は、法律問題を超えた企業防衛の問題
「何度指導しても改善しない」「組織の和を乱す」。問題のある社員への対応に、頭を悩ませておられる経営者の方も多いと存じます。そして、最終手段として「解雇」という二文字が頭をよぎる瞬間があるかもしれません。
しかし、その決断は、貴社を数千万円規模の予期せぬ損失と、目には見えない深刻な経営ダメージに突き落とす引き金になりかねません。
解雇問題は、単なる法律問題ではありません。会社そのものを守るための、重大な「企業防衛」の問題なのです。
これまで数多くの企業を支援してきた経験から、会社を守るために経営者が知っておくべき解雇の5大リスクを解説します。
大前提:解雇のハードルは、経営者の想像以上に高い
まず、全ての土台となる法律のルールを見ていきましょう。
労働契約法第16条は、こう明記しています。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
この条文だけを読むと、一見、解雇は容易であるかのような印象を受けるかもしれません。しかし、実際の裁判例や実務において、この要件は極めて厳格に解釈されており、解雇が有効と認められるハードルは非常に高いのが現実です。
そして、この高いハードルを越えられず「解雇無効」と判断された時、以下の5つの経営リスクが牙を剥きます。
リスク1:数千万円規模になることもある「金銭的リスク」
これが最も直接的なリスクです。
・バックペイ(遡及賃金)
解雇が無効となれば、解雇日から解決時まで、当該従業員が一日も働いていなくとも、その間の給与全額を遡って支払う義務が生じます。紛争が長引けば2年以上かかることもあり、その額は1000万円を超えることもあります。これは、貴社が汗水流して稼いだ利益が一瞬で吹き飛ぶことを意味します。
・慰謝料
バックペイのほかに慰謝料が発生することもあり、慰謝料だけで数百万円になることもあります。
・弁護士費用等その他費用
これに加え、紛争対応を依頼する弁護士費用などがかかり、さらに貴社の資金を蝕みます。
リスク2:利益を生まない活動に忙殺される「時間的・人的リスク」
解雇を巡る紛争は、金銭だけでなく、経営陣の貴重な時間や人的リソースをも奪います。
弁護士との打ち合わせ、証拠集め、裁判対応。これら利益を一切生まない活動に、経営者や管理部門が忙殺される日々が続きます。その間、ライバル企業は新たな事業展開を進めているかもしれません。この「機会損失」こそ、数字には表れない最大のダメージです。
リスク3:従業員の士気が崩壊する「組織的リスク」
1人の従業員との紛争は、静かに、しかし確実に社内の他の従業員の心を蝕みます。
「この会社は、従業員を守ってくれない」「明日は我が身かもしれない」
こうした疑心暗鬼は、従業員の忠誠心(エンゲージメント)を著しく低下させ、優秀な人材の離職を招きます。たった一つの解雇問題が、貴社が時間とコストをかけて築き上げてきた組織という名の「内部の砦」を、内側から崩壊させるのです。
リスク4:「ブラック企業」リスク
現代において、悪評は一瞬で広まります。「不当解雇をする会社」という「ブラック企業」の烙印は、一度押されたら消すことは困難です。
その代償は、採用活動の失敗、取引先や金融機関からの信用の低下となって、必ず経営に跳ね返ってきます。「社会的信用」という無形の資産を失うことの恐ろしさを、決して軽視してはなりません。
リスク5:次なる紛争を誘発する「連鎖的リスク」
最悪のシナリオは、最初の紛争対応の失敗が、次なる紛争の火種となることです。
例えば、最初の紛争で会社が不利な和解をしたとします。和解契約には厳格な守秘義務条項を設けますが、情報が何らかの形で外部に漏洩するリスクを完全に排除することは困難です。情報がどこからか漏れ、他の従業員がその内容を知るリスクは常に存在します。
その時、「この会社なら、強く出れば要求が通る」と考える従業員が現れ、未払い残業代、ハラスメントなど、他の問題が連鎖的に噴出する危険性があるのです。
結論:経営者が必ず踏むべき「2つのステップ」
【ステップ1】「本当に、その従業員と向き合ったか」を問い直す
まず自問すべきは、「会社として、その従業員と本気で向き合ったか」という点です。
- 具体的な問題点と、期待する改善点を、腹を割って本人に伝えたか?
- 改善のための指導や研修、配置転換など、会社として差し伸べられる手はすべて差し伸べたか?
- そのプロセスを、指導書や面談記録といった「客観的な記録」として残しているか?
「従業員と真摯に向き合うこと」。それは、人を雇用する企業としての当然の責務です。そして、その姿勢こそが、結果として「会社は解雇を避けるために、あらゆる手を尽くした」という何よりの証拠となり、貴社を法的なリスクから守る最大の盾となるのです。
【ステップ2】それでも難しいなら、「円満退職」という着地点を探る
ステップ1を尽くしてもなお改善が見られない場合、次善の策は「円満退職」を目指すことです。 これは、会社からの一方的な「解雇」ではなく、退職勧奨を通じて、合意退職または辞職を目指すアプローチです。
もちろん、退職勧奨には細心の注意が必要です。伝え方一つで「退職強要」と受け取られ、新たな紛争の火種になりかねません。
しかし、適切な手順を踏んだ退職勧奨が合意に至れば、この記事で解説した金銭、時間、組織、評判、連鎖という5つのリスクを回避できます。これは、ほとんどのケースにおいて、最も合理的で賢明な経営判断と言えるでしょう。
解雇は、これら2つのステップを真摯に実行し、それでもなお解決策が見出せない場合の、本当に最後の最後の手段です。
そのプロセスをどう進めるべきか、退職勧奨の話し合いをどう設計すべきか。その一つ一つの判断が、貴社の未来を左右します。
決断を下す前に、ぜひ一度、ご相談ください。貴社にとって、最もダメージの少ない、最善の着地点を共に見つけ出します。
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