「名ばかり管理職」でも残業代が請求できるって本当?
「管理職だから残業代は出ない」「課長以上は残業代がつかないのが普通」 このように考えている方は多いかもしれません。
しかし、役職上の「管理職」であることと、労働基準法上の「管理監督者」であることは別物です。 仮に「課長」や「係長」といった肩書きを与えられていても、労働基準法が定める「管理監督者」に該当しなければ、残業代を請求できる可能性が十分にあります。
厚生労働省、労働局及び労働基準監督署の連名のパンフレットにおいても同様に記載されています。
「企業内で管理職とされていても、次に掲げる判断基準に基づき総合的に判断した結果、労働基準法上の「管理監督者」に該当しない場合には、労働基準法で定める労働時間等の規制を受け、時間外割増賃金や休日割増賃金の支払が必要となります。」とされております(厚生労働省、都道府県労働局及び労働基準監督署「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/kanri.pdf#page=2)
このように、実態としては一般社員と変わらない勤務実態であるにもかかわらず、形式上だけ「管理職」とされて残業代が支払われていない状態のことを、一般に「名ばかり管理職」と呼びます。
名ばかり管理職については、会社の扱いが違法と判断されることもあり、過去の裁判例でも残業代の支払いが命じられたケースが多数存在します。 実際に当事務所で扱った事例でも、課長職の方が約600万円強の残業代を請求し、労働審判で500万円強の支払いを受けたケースがあります(「管理職(課長)が残業代500万円強の支払いで和解した事例(請求額600万円強)」)。
管理監督者と認められるための3要件
労働基準法第41条第2号では、「管理監督者」は、労働時間・休憩・休日の規制の適用除外とされています。 しかし、ここでいう「管理監督者」とは、労務管理や経営判断において、経営者と一体的な立場にある人を指します。単なる役職名としての「管理職」とは異なり、実態として経営者と一体的な立場にあるかどうかが判断のポイントです。
この点について、厚生労働省や東京労働局の資料でも同様に説明されています。
「管理監督者に当てはまるかどうかは、役職名ではなく、その職務内容、責任と権限、勤務態様等の実態によって判断します」
(厚生労働省、都道府県労働局及び労働基準監督署「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/kanri.pdf#page=2)
「管理監督者に当てはまるかどうかは役職名ではなく、その社員の職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて実態により判断します。」
(東京労働局しっかりマスター 労働基準法―管理監督者編―「管理職はみんな管理監督者?」平成30年9月)(https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501863.pdf#page=2)
さらに、厚生労働省の最新通達(基発0930第3号・令和6年9月30日付)では、名ばかり管理職について管理監督者に当たらないことを明らかにしています。
「例えば、役職上は部長等に該当する場合であっても、経営や人事に関する重要な権限を持っていない、実際には出社・退社時刻を自らの裁量的な判断で決定できない、給与や一時金の面において管理監督者にふさわしい待遇を受けていないといった場合には、管理監督者には該当しないと考えられる」
(厚生労働省 通達:基発0930第3号(令和6年9月30日)(https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T241022K0010.pdf#page=3)
こうした基準を踏まえて、裁判例などでは主に以下の3要件を総合的に見て、管理監督者に該当するかどうかが判断されています。
①経営者との一体性
経営方針の決定に対する影響力が重要なポイントです。経営判断に関与できる度合いが低い場合、管理監督者性は否定される傾向にあります(佐々木宗啓他『類型別 労働関係訴訟の実務〔改訂版〕Ⅰ』251頁、青林書院、2021年)。
先ほどの厚生労働省等のパンフレットにおいては「「課長」「リーダー」といった肩書があっても、自らの裁量で行使できる権限が少なく、多くの事項 について上司に決裁を仰ぐ必要があったり、上司の命令を部下に伝達するに過ぎないような者は、 管理監督者とは言えません。」とされています。
人事権限の有無も判断基準となります。採用、解雇、人事考課、勤務シフトの決定権がなければ、管理監督者とは認められにくいとされています。単に採用面接を担当したり、人事に関する意見を述べる程度では不十分です(同頁)。
プレイングマネージャーの場合、管理業務だけでなく現場作業にも相当程度従事していると、管理監督者性は否定される方向にあります(同252頁)。
②労働時間の裁量
始業・終業時刻の拘束の有無がポイントです。出勤・退勤時刻が決められている、あるいは決められた時間に出社しないと業務に支障が出るような職 務内容であれば、管理監督者とは認められにくくなります。現に、先ほどの厚生労働省等のパンフレットにおいても、「労働時間について厳格な管理をされているような場合は、 管理監督者とは言えません。」とされています。
③賃金・待遇
一般労働者との間に明確な待遇差がない場合、管理監督者とは認められにくくなります(同254頁)。
時間外割増賃金等が支給されない代わりにそれに見合った待遇を受けていると言えない場合(例えば、実労働時間を基に時給を計算すると低い時給となる場合、管理監督者ではない者が同程度の残業した場合に管理監督者の給料を上回る場合など)には管理監督者性は否定される方向になります。
こんなケースは名ばかり管理職と判断されることも【裁判例あり】
「自分は管理職だし、仕方ないか……」とあきらめてしまう前に、過去の裁判例に照らして、自身の勤務実態を確認することが重要です。
以下の裁判例では、実際に、管理監督者ではなく、名ばかり管理職にすぎないと判断され、会社に残業代の支払いが命じられています。他の役職について判示した裁判例については「中間管理職や名ばかり管理職には残業代が出ないのか~裁判例を役職ごとに整理して解説~」にまとめておりますので、ぜひご覧ください。
係長(地質調査会社、東建ジオテック事件・東京地判平成14年3月28日労判827号74頁)
経営者との一体性なし
- 管理職会議で意見を述べる機会があったとしても、会社の経営方針に関する意思決定に直接的に関与していたとはいえない。
- 人事考課についても,係長として部下の評価について意見を述べることはできたが,当該人事考課には上位者による考課がさらに予定されていた。
勤務時間の自由なし
- 社内文書や就業規則で勤務時間が定められ、支店長らによる勤怠管理の下にあった。
一般労働者との明確な待遇差なし
- 年収が比較的高額であっても年功要素や学歴が考慮される賃金制度の結果とも考えられる。
課長(学習塾運営会社、育英舎事件・札幌地判平成14年4月18日労判839号58頁)
経営者との一体性なし
- 臨時の異動を除いては何の決定権限も有してはいなかった。
- 社長も参加するミーティングに参加していたが、社長の決定に当たっての諮問機関にすぎず、何らかの決定権限や経営への参画を示すものではない。
勤務時間の自由なし
- 勤怠管理が他の従業員と同様に行われていた。
- 各教室の状況について社長に日報で報告することが必要であり、事業場に出勤をするかどうかの自由がない(実際に毎日事業場に出勤していた)。
一般労働者との明確な待遇差なし
- 同程度の収入を得ていた一般従業員もおり、課長の待遇がその役職にふさわしい高率のものであるともいえない。
部長(広告代理店企画営業部、ロア・アドバタイジング事件・東京地判平成24年7月27日労判1059号26頁)
経営者との一体なし
- 会社が経営者の一員として扱う意図までは有していなかった。
- 最高意思決定機関である役員会のメンバーではなく、企画営業部に関する人事、決算等の重要事項の最終決定に関与することまでは許されていなかった。
- 企画営業部の人事考課、賞与の査定、昇任・昇格について実質的に決定していたのは役員会またはA社長であった。部長は意見聴取ないしはその意向打診を受けるにとどまっていた。
- 労働時間の多くが営業活動に費やされており,管理的業務は主として早朝(始業時刻前)又は深夜時間帯に限られていた。
勤務時間の自由なし
- タイムカードによる管理がされており、自己の勤務の状況等に応じて,自由に出退勤時刻を決定し,自らの健康等を考慮して,適宜,労働時間を調整するようなことまでは許されていなかった。
一般労働者との明確な待遇差なし
- 企画営業部長という枢要なポストに就いていることから、役員を除く従業員18名中最高額の給与が支給されているのは当然のことである。むしろ、取締役手当の支給額と比較すると、若干見劣りする。
- 時間外労働時間が月平均でも優に100時間を超えており、支給された役職手当等20万円程度を時間外労働手当見合いだとしても、時間外労働手当の不支給を十分に補うものとはいえない。
これらの裁判例が示すとおり、「肩書き」や「名目上の役職」ではなく、勤務実態に即して管理監督者かどうかが判断されます。 自分では「管理職だから仕方ない」と思っていても、実際には名ばかり管理職として、未払残業代を請求できるケースがあるのです。
名ばかり管理職だと思ったら、残業代を請求できる可能性がある
上記のような勤務実態に該当する場合、名ばかり管理職として残業代を請求できる可能性があります。
請求の基本的な流れ
- 所定労働時間を超える労働の有無と時間数の概算を確認
- タイムカードや業務日報、PCログなどの証拠を可能な限り集める
- 弁護士への相談
- 弁護士が交渉又は労働審判・訴訟で請求を行う
退職後でも残業代の請求は可能ですが、賃金発生日から3年間の経過で時効にかかります。証拠の保存状況やタイミングによって請求できる金額が変わってしまうため、早めの対応が重要です。
まとめ 名ばかり管理職は泣き寝入りせず、まずは確認・相談を
形式的に「課長」「係長」などの役職が付いていても、労働基準法上の「管理監督者」に該当しなければ、残業代を請求できる余地は十分にあります。
まずは自身の勤務実態が「管理監督者」の3要件を満たしているかを確認し、「名ばかり管理職」に該当する可能性があれば、早めに相談することをおすすめします。
鬼塚法律事務所では、管理職の未払残業代請求に関するご相談を初回無料でお受けしています。 まずはお気軽にお問合せください。
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